もしも日本がアメリカではなくソ連を攻撃していたら?








 

◆日ソの戦力は互角か

戦前の日本は、ソ連(ロシア)を

仮想敵国とする

「北進論」

と英米が植民地支配する

東南アジアへ侵攻する

「南進論」

に割れていた。

前者は陸軍が支持し、後者を海軍

が支持していた。

実際の歴史では、1941年の真珠湾

攻撃によって太平洋戦争が勃発し、

「南進」

が実行に移された。

アメリカとの戦争を選択した日本は

結局、広島・長崎への原爆投下を

経て無条件降伏。戦後米国主導で

日本国憲法が策定され、専守防衛の

道を歩んできたのは周知の事実だ。

その憲法が今、改正の是非を問われて

いる。

では、もし

「北進」

を選択していたら、

歴史はどう変わったか?

『National Interest』

専属の軍事ジャーナリスト、

マイケル・ペック氏が、

今月9日付でこのテーマで

記事を寄せている。

同氏は、現実の歴史では、

日ソ中立条約により、ソ連は

東方の憂いなくドイツとの戦争

に集中できたと指摘。

その結果、最大のピンチだった

1941-42年のモスクワ戦で、

シベリアから精鋭部隊を回すこと

で首都陥落をぎりぎりで防いだ

ことが、独ソ戦の結果を大きく

左右した。

もし、この時にソ連が東方で日本

の相手をする二面戦争を余儀なく

されていたら、歴史は大きく

変わっていただろうか?

ペック氏は、大局的には

「日本が真珠湾攻撃をしなかったら、

 アメリカは日本に宣戦布告して

 いたか?」

「日本がロシアを攻撃していたら、

 西側諸国による経済制裁強化の

 代償はどれくらいになったか?」

という2点を検討する必要がある

としている。

その上で、軍事面に限れば1941年

時点での日ソの軍事衝突は

「興味深いもの」

だとし、どちらかが一方的に有利では

なかっただろうと見ている。

◆日本がシベリア沿岸地域を制圧
1939年のノモンハン事件で明らか

になったように、戦車などの陸軍

の機械化戦力の面では当時、

圧倒的にソ連が優位に立っていた。

また、たとえ軽装備の日本陸軍で

あっても、シベリアの大地に深く

侵攻していくのは補給の面で

大きな不安があっただろうと、

ペック氏は見る。

一方で、

「当時の日本陸軍は日中戦争に

 より戦い慣れしており、機敏で

 赤軍同様に熱狂的に戦うことが

 できた。

 さらに潜入作戦と夜戦に優れて

 いた」

と日本側の強みを分析。

強力な航空支援と海軍力もプラス

要素に挙げ、海軍の艦砲射撃と

航続距離の長い零戦部隊によって

制空権を獲得することにより、

重要拠点のウラジオストク港を

制圧するのは十分に可能だったと

見る。

 

ソ連側の不安点には、スターリンの

粛清により赤軍全体の力が弱まって

いたことと、日本軍と対峙する精鋭

のシベリア師団への西方からの

補給線がドイツの侵攻により打撃を

受けていた点が挙げられている。

そして、

「モスクワとウラジオストクの

 どちらを維持するかという選択

 に迫られたスターリンは、首都

 を防衛することを優先しただろう。

 そのため、日本はウラジオストク

 とシベリア沿岸地域を大きな代償

 を払うことなく得ることができた

 と思われる」

とペック氏は書く。

しかし、その大局的な効果について

は疑問符がつく。

シベリア沿岸地域での日本の勝利が

大戦全体に与える影響は

「比較的マイナーなものであった

 だろう」

とペック氏は言う。

日本軍がシベリア師団のモスクワ

支援を結果的に阻止することを

勘案しても、

「冬将軍」

によって疲弊していたドイツ軍は

被害を抑えることはできただろうが、

どのみちモススクワ占領には

至らなかったというのが同氏の

見方だ。

ただし、その後のドイツが歴史的

大敗を喫したスターリングラード

攻防戦の結果は変わっていたかも

しれないとしている。

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