日統前の朝鮮時代の貢女の実態を見た韓国人が凍りつく、日本がいなければ本当に我々はどうなっていたんだ!!








 

■国内外の権力関係を反映

 

 貢女たちのほとんどは、他国で人妻や

「めかけ」として人生を終えたが、

中には皇帝の目に留まり

妃嬪(ひひん=君主の側室)の地位を

与えられ、権力の道を歩む者もいた。

高麗出身の奇皇后は、母国高麗の

王位継承に関与するほどだった。

貢女出身の妃嬪の父や兄も「皇親」

として権勢にあずかった。

奇皇后の兄・奇轍(キ・チョル)は、

高麗国王と並んで馬に乗り、歓談した。

朝鮮王朝時代の太宗・世宗の代に相次いで

2人の妹を貢女として送った

韓確(ハン・ファク)=1403-56=は、

右議政や左議政(共に現在の副首相クラス)

などの要職を歴任した。

韓確が密通に及んだ事実が発覚した際も、

世宗は「罰せられない人物」だとして

黙認するしかなかった。

 

 中国は大陸に新たな権力が誕生したり、

国内の国家権力が不安定になるたびに

貢女を要求した。

高麗や朝鮮の新たな支配者にとって、

大国の承認を得ることは最大の急務だった。

世宗でさえ、貢女の献上は

「国内の利害のみならず、外国にも関係する

 ことなので、ただ(中国皇帝の)令に従うのみ」

と語った。

イ教授は

「貢女は、中世国家の欲望と男性の欲望が

 凝縮された国家間の力学関係から生じた副産物。

 特定の時期に起こった事件というレベルを越え、

 その後も“慰安婦”、“洋公主(米兵を相手にする

 歓楽街の女性)”のように、強大国と弱小国の

 間で繰り返されてきた」と語った。 

全炳根(チョン・ビョングン)記者

(上)http://www.chosunonline.com/news/20110424000023

(下)http://www.chosunonline.com/news/20110424000024



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コメント

  1. より:

    陸続きって怖いわ