俺、生まれて初めて人を殴りました。感覚の無い左手で。 後ろに倒れた兄貴に馬乗りになって、何度も左手で殴った

当時一番上の甥っ子は4歳、

次男は2歳。

4歳の甥っ子が何か粗相をやらかした

らしい。

姉は鬼の形相で長男を叩いていた。

勿論長男大泣き、姉貴の手のひらは

真っ赤。

だけど止められなかった。

昔の兄貴と姉貴が被って見えて、

動きたくても動けなかったんだ。

それから姉の子供達への躾と称した

虐待が始まった。

甥っ子が何かやらかす

→暴力→甥っ子大泣き→姉も後悔で大泣き

これの繰り返し。

やがて甥っ子達は俺がちゃんとお片付け

出来て偉いね、と頭を撫でようとしただけでも

怯えた表情を見せるようになった。

そして遂に、甥っ子達は泣かなくなった。

というよりも、感情が無くなってしまった

ように見えた。

『もう、限界』

『これ以上この子達を傷付けたくない』

『私は母親失格』

元々やせ形だった姉は、毎日吐いて

ばかりで骨と皮だけになっていた。

バイトバイトで知ってて見て見ぬふりを

してきた俺のせいだと思った。

だから提案をした。

『可哀想だけど少しだけ施設に入れよう。

 姉貴はその間にカウンセリングに通って、

 立派な母親になろう』

これしか無いと思った。

審査の結果、当時の姉には子供達を育てる

力が無いという事で甥っ子達は施設へ。

姉は約束通り定期的にカウンセリングを受け、

母は私にも責任があるとデイケアやリハビリ

で良い方の足の筋肉をつけるトレーニングを

して、家の中や近場への買い物程度なら杖を

使わなくても歩けるまでに回復した。


俺は相変わらずバイト三昧。

朝昼晩で働いても正直中卒の俺には

稼げる額なんてしれたもので、母の病院代、

姉の病院代、そして家賃や光熱費や食費や

3人分の携帯代。

流石に高卒の資格を取るために貯めていた

貯金を少しずつ切り崩しても限界があって。

家賃も滞納するようになり、光熱費も

払えなくなっていった。

だから最終手段、と携帯を止められる前に

兄貴に連絡を取った。

その頃兄貴は某有名企業の正社員になっていて、

年収800万稼げる迄になっていた。

兄貴に事情を説明して、必ず返すから金を

貸してくれないか、藁にも縋る思いだった。 

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